サルけ/マワれ書店

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NANA 18

nana.jpg


静観ムードになっているのは私だけでしょうか?

ナナとレンの行く末について予測を立てられるある程度の根拠が出てきた巻だというのに、ましてこれまでと比べてもスケールの大きなことがあった(シンの件)巻だというのに、続きが気になりません。

NANAはある時期から裏っかわに商業の色が見え始めましたよね。
売れているので物語を当初のプランから拡大した様相がありました。
話をややこしく引っかき回してエスカレートさせたり、人気の出そうなキャラと設定を新しく加えてみたり。
作品制作に対する不純さを肌で感じて、かなりあの頃は文句を言いながら読んでいたものです。

しかし展開に文句をつけたくなるのは、“こうなって欲しい”という願いがあればこそです。
“こうなって欲しい”という物語の展開への期待は、作品のポテンシャルが高くなければ持てないものです。 加えて矢沢あい作品の特徴は感情移入できる点です。感情移入が展開への期待を強めるのです。
その感情移入を引き起こしたのは、NANAにおいてはキャラクターへの共感もしくは反発です。加えてNANAのキャラクターは「理想像」という面も背負っています。

儲けを意識した物語の流れになってからも嫌悪感たっぷりながら新刊を心待ちにしていたのに、現在は首を長くしていません。
「飽き」の決定打たるものが18巻にあったわけではないので、これは自分としても不思議な心の動きです。

先は気にならず見守るのみというこのムードは、作品に私の感情が流れて行かなくなったことを表していると思います。

何故でしょうね。
メインであるナナとレンの心模様がわかりにくいからかもしれません。傾いたかと思えば持ち直しての繰り返しで、「今」2人はどうなっているのか、新刊が出る頃には忘れています。他のキャラクターの恋模様の方がよほどはっきりしています。
むしろ他のキャラクターの恋に手を広げすぎて、ナナとレンが埋もれてしまったかもしれません。 もう片方の主人公である奈々とタクミにも18巻では大した動きはありませんでしたし。(後に大きな何かが起こるための小さな蓄積はあるかもしれませんが。)

まぁよくわかりません。なんにせよ、一番やめてほしいのは本を分厚くして値段を上げることですかね。

NANA 18巻
著者矢沢あい
初版発行2007.9.19
発行集英社
定価本体457円+税
入手場所どっかのコンビニ
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  1. 2007/09/30(日) 01:48:02|
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姑獲鳥の夏

ubume.jpg


『目はレンズだ。だから本当は物が逆さに見えるはずである。では何故そう見えないか。脳が上下反転を行っているからである。あるいは部屋の端に寝っころがって天井を見る。よく見れば最も遠い角は鈍角に見える。他の3つの角も直角ではない。なのに何故、我々は天井をおかしなひし形だと感じないか。やはり脳が文化の掟(例えば天井は真四角だという認識)に従って、知覚でとらえた像を組み替えているからなのである。』

これは「WORLD ATLAS」からの引用です。


京極夏彦/ミステリー/妖怪

このぐらいの連想は本を読まない人でも出来ることだと思われます。漠と知れ渡っているのではないかと。
なにせこの私、ミステリーなんて一番興味が無い分野ですが、それでもテレビやらから勝手に情報が入ってきていましたので。

その興味の全く湧かないミステリーを薦められて私も困りました。
“何故あんなに多くの人がミステリーを読んでいるのかわからない” “何故、日本のミステリーはレベルが高いとか言われてるのか全然理解ができない”と堂々と思っているのが私です。
今まで読んだミステリーがつまらなかったからそう思っているわけです。ミステリー好きの皆様、ご免なさい。

「妖怪とかの話なんだよね」「古本屋の京極堂って主人公が陰陽師なんだよね」という紹介を受けて想像したのは、妖怪が事件を起こして陰陽師が祓う物語。

しかし蓋を開けてみると、「陰陽師が妖怪を祓って事件を解決する話」の根底には、冒頭で引用した『WORLD ATLAS』の一節で言っているような“脳の仕組み”が広がっていました。
「この世には不思議なことなど何もないのだよ」と言う京極堂のスタンスはそれなのです。

と、なにやら持って回った紹介の仕方をしてしまいましたが、不粋ながら簡単に言ってしまうと、奇妙な事件を科学的(?)に解決するのが京極堂という探偵でした。
陰陽師でありながら、妖怪を民俗として説明するような人物でした。


分厚い本だし他に読みたい本もたくさんあるので、私はそうしょっちゅうこの人の本ばかりを読むわけにはいかないのですが、娯楽には最適の小説だと思います。

『姑獲鳥の夏(うぶめのなつ)』は京極堂シリーズの1作目にして京極夏彦さんのデビュー作らしく、そもそもの紹介者曰く、順番に読むことが後続のシリーズ作品を楽しむにあたっては最良だそうです。

これから読まれる方への私からの助言としましては、まだ事件に触ったばかりの段階である作品序盤の部分が小難しい話で少々たるいですが、そこを読んで京極堂を理解してから事件のてん末を愉しむことが肝要ですので、前半で諦めないで下さい。

本日の名言(下記)についてですが、何処を抜こうか候補が多くてかなり迷いましたが、私が本記事冒頭で上記一節を引用した訳を補足できるのではないかと思い、こういう選抜に至りました。

「(前略)徳川家康は確かに存在したが、我我の知っているのはその昔徳川家康という人がいた、という記録を知っているのであって、決して徳川家康を知っている訳じゃないだろう。
禅でいう所の不立文字というヤツだ。
家康の存在は事実であっても、我我にとって<家康>は現実ではないんだ。しかし僕らは家康を、ときとして知っているような錯覚を引き起こす。
これは<家康>という言葉が齎す情報を納めている記憶の蔵と、僕らの実体験を納めている記憶の蔵が同じ蔵だから起きる間違いだ。
<言葉>による情報も<体験>した情報も<記憶>になれば結局同じになってしまう。
つまり僕らは、逢ったこともない東照神君家康大権現の幽霊を見てしまう可能性もあるということだ」

※改行は私が意図的にしたものです。
著者京極夏彦
初版発行1998.9.15
発行講談社文庫
定価本体800円+税
入手場所金明堂 日野店
  1. 2007/09/28(金) 04:30:12|
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企画の教科書 ポケット判

kikaku.jpg


本日の名言(※下部の表を参照)として引用している文は、抜書きという性質上、そこだけ読んでもよくわからない部分を紹介するわけにはいかないので敢えてこういう選抜となりました。
しかしこの本の面白いのは全体です。部分を取り出しては語れません。

おちまさとさんの「教科書」シリーズ。
「初対面の教科書」を以前に読んでいました。今回このシリーズが文庫版になっているのを見つけ、たまたまその時、企画に関する本が読みたかったので迷わず購入した次第。

先に申し上げておきますと、この本を読んだからって企画が書けるようにはならないと思います。
以前読んだ「初対面の教科書」を読んでも初対面に強くはなりませんでしたし。
でも読んでいると、企画が書けそうな気持ちになるし、初対面が苦手な自分を克服できそうな気持ちにはなります。

思うに、「初対面が苦手だ」「企画が書けない」ということについて悩みに悩み、自分なりに色々と努力と試行錯誤を繰り返して、その度に自分なりの答えを出しながら生きている人がこれらの本を読むと、格段に上達するかもしれません。

「初対面が苦手だ」「企画が書きたい」と思ってはいるが然したる努力は特にしていないという人がただ単に読んでも、「そうなのかー!」という衝撃は得られるものの実践で効果を上げるのは難しいのではないかと。

悩み続けて自分なりの修正を重ねてきた人は、この本を読むことによって効果的な軌道修正が可能だと思うのです。
自分の努力の方向性のズレに気付けると思うのです。

以前このブログでも取り上げた「ホスト王」シリーズも同様に、読んだ時はかなり衝撃を受け、わかった気になるのですが、実践で取り込むとなるととても難しいのです。
しかし実践で「あーでもない、こーでもない」という努力を重ねた後に読むと、自分が修正すべき点が明白になるのです。

つまり「教科書」シリーズも「ホスト王」シリーズも、何しろ面白いので大きなインパクトを受けて、漠然とわかった気になるものの、ただ読むだけでは奥底からの理解はできないに等しいと私は思っています。

しかしながら、企画が書きたいなんて特に思っていなくても、彼の「教科書」シリーズを読むことは、おちまさとさんの様々なものに対するスタンス、大きくまとめて言ってしまえば彼の「生きるスタンス」を知ることができるのでとても有意義だと思います。
凡人にとっては、自分の内に新たなるスパイスを加えることになりましょう。

はっきり言って、このシリーズけっこう面白いです。1冊だけ読んだときはここまで好きにはならなかったのですが。

「初対面の教科書」「企画の教科書」両者に書いてあったことなので恐らく他の物にも書いてあるのだと思うのですが、おちまさとさんが一貫して言っているのが「リスペクトを持て」ということのようです。
「わたしはあの人をリスペクトしてる」等の若者言葉としての『リスペクト』とはニュアンスが違い、「尊敬」という概念よりもだいぶ軽やかな意味で使っておられるようです。

私の解釈では、「リスペクトを忘れない」ということは即ち「あらゆる物事に対してネガティブな意識を向けない」ということだと思います。

本の中にある細部の表現からも、彼の「リスペクト」精神がわかります。普通なら悪いように見てしまいがちなことでも“面白い”という言葉を選んで使われていたり。
彼の言う「リスペクト」は、簡単に言えば「前向きであれ」ということなのですが、「前向き」「ポジティブ」という言葉は押し付けがましさと隣り合わせです。こういう言葉の選び方もさすがです。

 毎月の給料から余裕を持って払える家賃の部屋に住んでいると、そこが自分のサイズになってしまいます。無意識に、こんなもんでいいや、となってくるのです。ですから、給料ギリギリでもいいから、自分の身の丈のワンランク上の部屋に住むことが、自分の成長を促してくれるのです。精神的な意味も含めて、身体がその部屋に合ってくるのです。
「夢のために4畳半風呂なしで頑張る私」というスタンスは、一見正しく健全です。でも、あなたがなりたいのは、企画立案者。消費者として倹約している人と同じレベルでモノを見てはいけません。
編者「おちまさとプロデュース 企画の教科書」 をつくる会
初版発行2007.6.20
発行NHK出版
定価本体720円+税
入手場所博文堂
  1. 2007/09/26(水) 02:19:19|
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ワンピース

onepiece.jpg


少々古い話ですが、出ましたねワンピース47巻。
近頃のワンピースは、長年の読者にしか伝わらないようなギャグも練りこまれて いたりして、そんな栄ちゃん(作者)のサービス具合から見ても、終盤に近付い ているのではないかとファンを切なくさせます。

というわけで私はこの度、ワンピースがあとどのくらい続くのかを考えてみまし た。

まず、麦わら海賊団にとってのこれまでの主要な戦いを巻数で見てみましょう。

対バギー約2巻
対キャプテン・クロ3巻
対ドン・クリーク
 (鷹の目vsゾロ含む)
4巻
対アーロン4巻
対バロックワークス
  リヴァースマウンテン
  ウイスキーピーク
  リトルガーデン
4巻
対クロコダイル8巻
対エネル         
  ジャヤ         
  空島
9巻
対CP912巻

これからも主要な戦いにおいて、掲載される巻数は増加傾向にあることでしょう 。
この他、小休止的戦いとその巻数が以下。

in ローグタウン2巻
対ワポル3巻
対フォクシー
  ロングリングロングランド
  (対 青キジ含む)
3巻

というわけで、現在のスリラーバーク編。
これはおそらく小休止的戦いにあたると思われますが、相手は王下七武海という ことで3.5~4巻あるのではないかと。
現在2巻掲載されていますので、あと1.5~2巻続くかと。

では、ワンピースがあと何年続いてくれるのかを推測する上で考えなければならないのが、今後は一体どんなエピソードがあるのか?ということ。

わたくし的予測&希望の羅列が以下。

  • 魚人島でジンベイ登場
  • ドンキホーテ・ドフラミンゴ再登場
  • まだ見ぬ、七武海最後の1人登場
  • 四皇登場
  • 赤犬・黄猿登場
  • Dr.ベガパンク登場
  • シャンクスとの再会(麦わら返還)
  • 鷹の目との再戦(ゾロ)
  • スモーカーとの再戦
  • ドラゴンとの接触
  • 青キジとの再戦
  • コビーと再会?または再戦?
  • 黒ひげとの対決
  • バナロ島の決闘が引き起こした何かの事件勃発
  • Dの秘密が明かされる
  • ポーネグリフの秘密(空白の100年)が明かされる
  • たぶん古代兵器の何かが復活
  • ラフテル到着
  • エルバフ到着
  • ラブーンとの再会
  • オールブルー発見


  • ここから繫がりそうなものを繋げていくと、
    まず、魚人島でオールブルーが見つかるんじゃないかと思うんですね。
    魚人島にジンベイがいるとしたらやはり戦うんでしょうか?でも魚人島が楽園と 言われているところが引っかかります。
    まぁ戦うことになれば、少なく見積もっても8巻くらいはあるんじゃないかと。

    んでドフラミンゴですけどこの人が、本物の海賊だけが生き残れる“新時代”が やってくると三十二巻で言っております。しかも組織がでかそう。
    ワンピースの世界では、海賊王の夢を持っている奴らと、ドフラミンゴのように 新しい感覚で生きてる海賊がいますよね。
    おそらく、ドフラミンゴじゃなくても、この新感覚の連中の誰かとは戦うことに なると思うので、少なく見積もっても4巻はありそう。

    バナロ島の決闘に関しては、エースと黒ひげ、どちらも白ひげと関わりがありま すので、最終的には彼が出張ってくると思うんです。
    そして看護婦を取り巻いているあの白ひげですから、やはり死期は近いんじゃな いかと。
    とにかくこの辺りで白ひげが没して、四皇の一角が崩れたことによって“新時代 ”突入か? とりあえず2巻見積もっておくか。


    ポーネグリフと空白の100年、そして古代兵器、ドラゴンとの接触というのは vs世界政府という形で関わってくるんじゃないでしょうか。
    そして青キジとの再戦もそこにあるんじゃないでしょうか。
    これだけで20巻あってもよさそうですね。
    ドラゴンとの接触の時というのは、Dの秘密が明かされる時かもしれません。

    そして鷹の目vsゾロだけでも1、2巻は繋げるのではないかと。

    エルバフ到着とラブーンとの再会は本編でまともに取り扱われなさそう。
    最終巻で早送り的に描かれるんじゃないのかな。
    しかし四十七巻のあのブルックの名シーンですが、十二巻収録の104話のタイ トルが“約束の岬”だったんですねー。
    またしても感動です。栄ちゃんにしてやられたり。

    そういうわけで、あと35巻はあってもよさそうですね。
    なら八十二巻まであってもいいじゃん。
    あと7年はあるかもしれない。イエイ。

    どうも楽観しすぎのような気がしないでもないですが、今日はこれで締めときます。完。
    少なく見積もっているはずなのに、現実的に思えないのは何故でしょう。

    ONE PIECE 四十七巻
    著者尾田栄一郎
    初版発行2007.9.9
    発行集英社
    定価本体390円+税
    入手場所どっかのコンビニ
    1. 2007/09/16(日) 04:01:37|
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    Web配色事典 フルカラー編

    haisyoku.jpg


    こんなん図書館にあるんですね~。
    他にもパソコン関係の本たくさんありました。
    パソコン関係を勉強するのにそんなに何冊も何冊も買えないんで、こういうところで借りてテキストの数をこなせばいいんだと思いました。
    というわけで「Web配色事典」実践期間中。


    著者シーズ
    初版発行2002.8.1
    発行技術評論社
    定価レンタル
    入手場所佐世保市立図書館
    1. 2007/09/14(金) 00:18:01|
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    さらに経験を盗め

    keiken.jpg


    これは対談形式の本なのですが、「ハゲの迷宮」という章があります。
    ハゲさんの受難の理由は何なのか?ということについて、糸井重里・清水ちなみ・呉智英というお三方が語り合われています。

    それによれば、女性というのは男性のハゲをとても気にしているそうです。たとえばお見合いの相手でハゲが来るのは“ナシ”だとか。

    私は人のハゲを気にしない性質のようで、ハゲさんを笑ったことはないと思います。
    (よほど腹が立った場合はもしかすると「あのクソハゲ」とか言ったかもしれません。)
    言われてみれば確かに、女性って男性のハゲについて陰口叩いたりするなぁと思います。自分が気にしないタイプなので、「そんなに言うほどのことか?」と違和感を持っていたのです。
    カツラを笑うことも人よりは少ないと思います。

    ハゲさんの受難の一つに、「ハゲ=スケベ」という言いがかりがあります。
    自分の知っているハゲさんを頭の中に並べてみると、スケベそうな人もいれば全くそう見えない人もいます。
    しかし、抽象的にハゲさんを思い浮かべるとスケベそうな人が脳内に描かれます。確実にセクハラオヤジです。しかも酔っ払い。顔が赤い。バーコード。
    想像でそういう人物が描かれるということは、やはり私の中にも「ハゲ=スケベ」のイメージがあるのでしょう。

    ハゲから少し逸れますが、スキンヘッドの人は精力が強そうに見えます。
    そしてこれまた偏見であるかもしれないのが、スキンヘッドの人は怖く見えてしまうという心理。
    また私の場合、スキンヘッドの白人さんはゲイにも見えてしまいます。

    本日の名言(下記)に取り上げた部分は、「スキンヘッド=エロス」「スキンヘッド=威嚇」の理由にあたるかもしれず、興味深いです。

    呉 「篠原勝之さん―クマさんが言ってるけど、坊主頭は全身男根に見えるっていう説もありますね」

    糸井「クマさんのあの頭は、ハゲ隠しの意味もあるのかもしれないけど、なんか狙ってるよね。あのツルツルは『俺はチンポだ』という表現が半分入ってる。もう半分は、格闘家が最近、頭を剃ってますね。あれは毛って本来、頭を守るものだけど、その守るものがない超スッピンでも俺は平気だという見栄で、クマさんの場合もそれじゃないか。」

    呉 「ああ、一種の威嚇ね。俺は鎧を身につけてない、でもおまえには勝てると。」

    ※カギ括弧は私が意図的につけたものです。
    著者糸井重里
    初版発行2005.7.25
    発行中央公論新社
    定価レンタル
    入手場所佐世保市立図書館
    1. 2007/09/12(水) 01:03:58|
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    WORLD ATLAS

    worldatlas.jpg


    「自分」が「商品」って考え方って、今では普通ですよね。
    自分をどうアピールして売り込むかっていうことを、脅迫に近い勢いで世の中から求められている気分で毎日生きています。

    まして自分は女なので、更に「性」の部分を商品として見てるんですよね。
    昔はいわゆる「女の部分を使う」というのを全く受け入れられなかったのですが、今は使った方が生き易いということを知っています。
    女の部分を使うといっても、胸を見せるとか肌を露出するとかいうことを露骨にやるわけではなく、女の子として扱って貰えるように言動するということです。

    なぜその姿勢を受け入れられたかというと、ヒットした『小悪魔な女になる方法』(蝶々/2004年6月7日初版/大和出版)を読んでからなんですね。
    あの本は、今までズルイと看做されてきた女の言動をキレイなもので包んでくれてる凄まじい本ですね。
    あの本を読んだ瞬間というのは、罪とされてきたものが罪でなくなった瞬間なんですね。

    『WORLD ATLAS』という今日取り上げている本ですが、初版は1990年です。
    そして現在が2007年。
    「小悪魔な女になる方法」の著者の方は「自分を商品としてみろ」なんて明言してはいないんですよ。
    でも、確実に世の女性の「商品としての自覚」は進んだと思いますね。

    『WORLD ATLAS』について少々触れておきたいのですが、これは辞書みたいな形式の本なのです。ある単語について、いとうせいこうさんがエッセイを書いている。「辞書であり世界地図(world atlas)」なのだそうです。
    そしてわたし、久しぶりに文体を真似たいと思える人に出会いました。古い本なのに今読んでも面白いなんて。

    Gal(英語 名 口語〔戯言的に〕女の子)

     沢田研二によって世に広まった当初は、“男から商品として見られたい女の子”を指し、女性解放運動者から非難されもしたが、時を経るうちに当の女性のパワーによって“商品の自覚を持った女の子”を指す単語になってしまった。
     商品としての自覚を持った女性といえば、売春婦かモデルしかいなかったわけだから、今の女の子たちが皆一様にセクシーさを前面に押し出し、ちょっとカメラを向けるとすかさずポーズを取るような自意識を持っているのは当然のことといえよう。
    著者いとうせいこう
    初版発行1990.9.28
    発行太田出版
    定価レンタル
    入手場所佐世保市立図書館
    1. 2007/09/09(日) 22:55:27|
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    よくわかる色彩の科学

    color

    美しい町並みというのは人々の財産だそうです。
    町並みの色はルールをつくって誘導することによって整うのだそうです。

    この本を読んでから、自分の住む街の色に関心を持って市内を移動していますが、注意してみるととんでもない色の建物がたくさん存在しています。

    自分の住む街への観光客の誘導方法を近頃よく考えているのですが、我が街には目玉の建物や景観がありません。(夜景はありますが)
    次々に新しい建物が作られているものの、人の言葉をお借りしますが「似合っていない」と感じています。

    旅で訪れた方々の心を打つような景観を持たないというのは非常に残念です。

    突出した色で個人住宅を塗るのも、自由といわれればそれまでですが、市民全体が協力して美しい町並み作りに協力してもいいのではないかと思いました。
    “その土地にしかない景観”に必要なのは奇抜な建築物なのだろうかと単純に考えていましたが、色を整えることで見違えるように街は変わるのではないかと思いました。

     建物が建て変わるには30年から50年を要しますので、早くから地域住民が意識をもって取り組み、行政が積極的に推進しなければ、美しい国づくり、町づくりはできません。
    著者永田泰弘・三ッ塚由貴子
    初版発行2007.7.31
    発行ナツメ社
    定価レンタル
    入手場所佐世保市立図書館
    1. 2007/09/09(日) 15:57:54|
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    花ざかりの君たちへ

    hanazakari

    今日は丁度ドラマの放映日だったので漫画の記事が続きますがこの作品のことを。
    今さら言い尽くされたようなことしか書けませんがお許しください。

    漫画が面白いとそれはそれは評判だったのですが、読んだことはありませんでし た。
    ドラマを毎週見ているのでこれを機会に手に取った次第。
    いい歳してこんなドラマを見るなよという恥じらいもあるのですが、あの軽さに癒されるんですよね。

    おそらくですが、原作ファンがドラマを見た場合でも、またドラマがきっかけで漫画を読んだケースでも、双方がガッカリしたのではないかと思われます。

    なぜそう思うのかというと、漫画とドラマは完全に別の作品だと思えたからです。一寸言いすぎかもしれませんが、原作というよりも“原案”ではないかと。

    たとえば前回の記事に書いた「ライフ」では、ドラマは漫画を縮小した形になっています。ストーリーの短縮や、過激な設定を軽度にとどめているなどの変更はありますが、どうやら話し筋は同じのようです。

    それに対して「花ざかりの君たちへ」は設定と着想を拝借してドラマを作ったという感じ。
    (まして原作はイケメン高校なんて設定はない様子)
    各話も、原作のエピソードを部分的に借りてほとんど作り直している感じ。

    それを踏まえて両作品と向き合えばどちらもとても面白く、ドラマも非常に上手く作り直されていると思いました。
    しかし「期待」を抱えてしまうと待ち受けているのはガッカリであると思いますのでよくよく注意されたし。


    余談ですが、愛蔵版を買ったのは失敗でした。巻数が少ないことが利点だと思って買ったのですが、愛蔵版は片手で読むには厚みがありすぎて。
    その上、単行本程度の収録数の方が、読み終えたあとに適度な飢えがあって次を読む楽しみが失せません。

    愛蔵版 花ざかりの君たちへ 1
    著者中条比紗也
    初版発行2007.6.25
    発行白泉社
    定価本体714円+税
    入手場所博文堂(たぶん)
    1. 2007/09/05(水) 00:19:50|
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    ライフ

    life.jpg

    ドラマが面白いので、より過激だという漫画に手を出してみました。

    顔のドアップのこの表紙、有名ですがまさかイジメの話だとは思っていなかったです。

    自殺ブームといっては不謹慎ですが、イジメが社会的に問題になると必ずドラマで取り上げられるようになります。
    ドラマがイジメを助長しないか心配です。

    というのも、私もいじめられたことがあります。私のケースはごくごく軽度のものですが、当時はドラマ「家なき子」が流行でした。
    私が今でも強烈に覚えているのは、私に対して加害を働く子らが、「家なき子」で相沢すず(安達祐実)を攻撃していた登場人物たちの口調を真似ていたことです。

    悪意を振り回して思い切り人を攻撃したいという欲求は、実はそれほど稀有な感情ではないと私は思っています。

    子供の時分なら尚更、嫌いな人間に消えて貰いたいという思いを自己の中で上手に消化することができず、「ライフ」における愛海を見て、憧れを抱く人も少なからずいるのではないかと。

    だからイジメを題材にしたドラマというのは、自分の中の悪意についてうまく対処しきれない子らにとって、攻撃方法の参考書となるのではないかということを私は思うのです。

    人に恐れられたいという欲求を持っている人間にとっては、あの恐怖の愛海でさえヒーローとなり得るわけです。

    しかし近頃になってようやく、ぼやけていた当時の記憶がはっきりしてきました。

    私をいじめていた(軽いですが)子たちは確かに「家なき子」の登場人物の口調を真似ていました。彼女らが無意識にでも憧れていた証しだと思います。

    が、攻撃に耐える相沢すず(安達祐実)もまた、私の側のヒーローだった気がするのです。すずを見て、自分も頑張ろうと思えていたはずです。

    ならば「ライフ」の歩も、現在いじめられている子供たちにとって心の支えとなっているかもしれません。
    イジメに立ち向かう歩や、歩を助ける羽鳥未来というヒーローが、愛海という歪んだヒーローよりも大きな影響力を持っていることを切に願います。

    ライフ 1
    著者すえのぶけいこ
    初版発行2002.8.9
    発行講談社
    定価本体390円+税
    入手場所福家書店 佐世保店
    1. 2007/09/02(日) 22:34:23|
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    感動をつくれますか?

    joe.jpg

    たとえばこのブログのデザインを作り上げるまでに、私は案を3度チェンジしました。

    別のブログで背景を白にしているため、今回は黒でやってみたいと考えていました。
    しかしホームページ制作関係の書物に書いてあるように、黒の背景はやはり邪道ということで、今度は灰色にしました。
    そのときのトップ画の案がこれです。
    bookstore-icon.jpg

    しかし全体を組み立てていくとどうもしっくり来ないのです。
    「目指しているのはこんなものではないのでは。」
    自分が眺めていて気持ち良くないものを、自分以外の人が見て「良い」と思うわけがありません。

    そこで、さんざ悩み、試行錯誤を繰り返した上でですが、私は背景色をやはり王道の白にと決心し、「オブジェクトがはみ出している感じを出したい」という当初の最大の希望を捨てました。


    今の形にはそれなりに満足しています。
    “それなりに”というのは、いつか飽きる日が来るだろうという危惧です。

    「納得がいかなくなったらやり直した方がきっと良い」と思っているのは経験から。

    私はあくまでもものづくりで食べている人間ではないので大きな意見にするつもりはありません。
    ソースの経験というのは、趣味程度ですが作曲のことです。

    途中でズレに気付いておきながら、執着・愛着ゆえに捨てきれずそのまま作り続けると、最後には大いなる無駄が残っただけという経験を何度もしました。
    作り続けてきて執着のあるものを一気にゼロに還すというのは涙を飲む作業ですが、結局はそれが良い結果をもたらすと何となくながら思っていました。

    そして久石譲さんという大作曲家が仰るのなら、確信を持ってこの先もそうでありたいと思います。
    また、自分自身という人間を「作品」と見るなら、人生にも同じことが言えるのではないかと。

     人間は固執する。時間を費やし、手間をかけ、これでいいと自分を信じてつくってきたものだ。なかなか捨てられない。思い入れがあるほど始末が悪い。だが、どこかで間違えてねじれてしまったものは、そのままずるずるつくりつづけても、結局ねじれたまま。納得できるものに大変身することはありえない。
     行き詰まり、自分の間違いに気付いたとき、そこから撤退する踏ん切りがつくか。潔くケリをつける後押しをしてくれるのは、縛られない自由な発想だ。スパッと意識を切り替える思い切りのよさもまた、直観力である。
    著者久石譲
    初版発行2006.8.10
    発行角川oneテーマ
    定価本体724円+税
    入手場所金明堂日野店
    1. 2007/09/01(土) 00:00:00|
    2. MY STACKS
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